お斉の席で
ご法事の後、「お清め」あるいは「お齋」(とき)の席を設け、施主が導師や参会者をもてなします。
「いわゆる齋をば、御齋(おとき)と申すべし、齋と申すべからず」と道元禅師はおしゃいました。
齋とは、体と口と心の3つを齋(つつし)む、という意味でまさにお清めなのです。
ですから、食物をむさぼり、酒に酔って醜態をさらすのは、お齋の心を知らぬ者と言われても仕方ありません。
法事の後は、無礼講(ぶれいこう)と勘違いせず、節度を守ってあまり長居をしないように心掛けたいものです。
曹洞宗では、特に食事を大切に致します。
食前には「この食事が我々の口に入るまでにどれだけの人達の苦労があったか考えよう」「この食事をいただくのは、道を極める為である」・・・・・と5つのお唱え(五観の偈)をしてから箸を取り、一粒の お米、一片のお惣菜も残さずにいただきます。
また道元禅師は、食事の材料を買いととのえ、心を込めて調理し給仕する台所の人々を特に尊重され、そうした仕事も坐禅と少しも変らぬ禅の道である事を悟しておられます。
私達も、その気持ちを忘れずにお齋をいただき、裏方の人達に感謝したいものです。
喜捨の心
ご法事にあたっては、道師にお布施を差し上げます。
それは世の常の謝礼や報酬ではありません。
儀式やお経を通じて、お釈迦さまの教えを見聞させて頂いた喜びを形に表すものです。
したがって喜捨とか報謝と申します。
また参会者が仏前に供える香典は、文字通りお香料で故人を偲(しの)び、その冥福を祈る気持ちがこもっていなければなりません。
同時に、自分自身の命を思い仏さまの教えをかみしめる機会にしたいものです。
仏教では「財法二施」と申します。
ご法事などで、ご住職がお経をあげ、参会者に仏さまの話をされるのは「法」つまり仏さまの教えを私達に施して下さる事です。
これが「法施」であり、これを受けた側はお礼に「財」つまりお布施をご住職に差し上げます。
これが「財施」で両方合わせて「財法二施」というのです。
けれども、お布施はお金だけではありません。
他に方法が7つあります。
優しい眼差しで接する「眼施」(がんぜ)、和やかな顔をみせる「和顔施」(わがんぜ)、優しい言葉をかける「言施」(ごんせ)、思いやりをかける「心施」(しんせ)、自分の体で奉仕する「身施」(しんせ)、人に席を譲ってあげる「床座施」(しょうざぜ)、自分の家を他人の為に提供する「房舎施」(ぼうしゃせ)がそれで、これを「無財七施」(むざいのしちせ)と申します。
貧者の一灯などと申しますが、無財七施はお金だけが施しではない事を改めて教えてくれます。
こうした全ての事を布施つまり施しをするというのです。
したがってお寺へ喜捨する時、袋の表書きは「御布施」とすれば、全て通用します。
お仏椀の名称と使い方

お仏膳椀とは、み仏、ご先祖さまに精進料理をお供えする時にお使いするものです。
お供えは、生きている人と同じように真心込めてお給仕致しましょう。

平椀 ・・・・・ 煮込み物
親椀 ・・・・・ 白飯
ツボ椀 ・・・・・ 煮物又はゴマ和え
高皿 ・・・・・ 漬物又は酢の物
汁椀 ・・・・・ お吸物、味噌汁

生飯(さば)
正式な作法では、米粒を親椀から7粒程取り平皿と高皿の間に供養の為お供えします。
これは、無縁仏様などへの御供養です。

※地方によって並べ方が異なる場合がございます。

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